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IoT分野でシリコンバレーを凌駕するアジアのイノベーションセンター深センの実態

 現在,中国の深セン市はアジアのシリコンバレーと呼ばれ,ベンチャー企業が次々と生まれています。深セン市政府の発表によると2015年末までに深圳市において事業登記されている中小企業は約112.5万社にものぼり,前年比で27.9万社の大幅増加を記録し,特に最近ではIoTに関連するハードウェアのベンチャー企業が数多く誕生していると言われています。このような状況の中,このブログでは1.多くのベンチャー企業を生み出す深セン市の優位性,2.ベンチャー企業を支える深セン市のエコシステム,3.注目される複数の深センベンチャー企業に共通する特徴,4.今後の深セン市の展望について説明していきたいと思います。

 

1.多くのベンチャー企業を生み出す深セン市の優位性

①電子部品の集積              

 ベンチャー企業を生み出すにあたり,最も指摘されている深セン市の優位性は電子部品の集積です。もともと深セン市は小さな漁村に過ぎませんでしたが,1979年の中国の改革開放に伴い,台湾企業を中心にパソコンとその部品メーカーが大挙して進出したことにより,世界で最も充実した電子部品のサプライチェーンが形成されるに至りました。

 

 現在,深セン市ではありとあらゆる電子部品を現地調達することが可能であり,そのため,例えばシリコンバレーにおいて部品の調達から試作品の組立てまで1~2年かかる行程が,深圳市では3~6ヶ月で完了できると言われています

 

 また,深セン市では無数の電子部品メーカーが激しい競争にさらされているため,電子部品を安く入手することが可能であり,部品によってはシリコンバレーなどと比べて,3分の1程度の価格で購入することができると言われています

 

②小ロットの生産を受託する中小工場の存在

 深セン市の2点目の優位性として,多くの山寨工場(注:偽物のスマホなどを非合法に製造する工場)の存在が挙げられます。深セン市には5万ほどの山寨工場があると言われていますが,近年,中国において知的財産の強化が図られる中,これらの工場はベンチャー企業向けにあらゆる商品の生産を受託する場所へと変貌しています。受託生産における深セン市を含む珠江デルタとその他の地域(例:長江デルタ、日本,台湾,韓国など)との大きな違いは,珠江デルタではベンチャー企業が望む小ロットの生産を受託する中小工場が無数にある点です。そのため,多くのベンチャー企業深セン市でのものづくりを選択していると言われています。

 

③ハイテク企業からの活発な人材輩出

 深セン市の3点目の優位性として,巨大なハイテク企業の存在が挙げられます。深セン市にはフォックスコン,ファーウェイ,ZTE,テンセントなど様々なハイテク企業が立地しており,中国の労働市場の高い流動性の下,これらの大企業からベンチャー企業へ人材が活発に流入していると言われています。なお,フックスコンからは電気・電子工学分野,ファーウェイ,ZTEからは情報通信分野,テンセントからはインターネットビジネス分野の人材が豊富に輩出されており,ベンチャー企業がIoT分野のビジネスを立ち上げるにあたり,ハード設計からインターネット接続,Webシステムの構築まで幅広い分野の人材を採用することができる点が深セン市の大きな優位性であると言えます。

 

深セン市政府による積極的な起業支援

 中国の都市の中でも特に深セン市は起業支援に積極的であると言われており,今後5年間で起業家を約3万人輩出することを目標に,条件に応じて最高100万元(約1700万円)を起業家へ支給しています。更に海外に留学していた中国人が深セン市において起業する場合,条件に応じて30万元~100万元(約500万円~1700万円)の支援金,非常に有望な事業には最高500万元(約8500万円)の支援金を支給しています。

 

⑤外部人材に対する開放性の高さ

 元々,小さな漁村に過ぎなかった深セン市は1979年の中国の改革開放に伴い,経済特区に指定され,香港企業,台湾企業,日本企業など様々な外資企業を誘致することで発展をしていきました。このような歴史的経緯のため,深セン市は外部の人材に対して非常に開放的であり,中国の他地域や海外からやって来た起業家も差別されることなくビジネスできる環境であると言われています。このような自由で開放的な文化はシリコンバレーと大変類似しています。

 

2.ベンチャー企業の発展を支える深セン市のエコシステム

ベンチャー企業への資金供給の状況

 数多くの深センベンチャー企業の中でも特に注目されているのはDJI(2005年創業のドローンメーカー),柔宇科技(2012年創業のハイテク企業。2014年に世界で最も薄い厚さ0.01ミリメートルの有機ELディスプレーを発表。2015年にはVRを販売),Makeblock(2012年創業のロボティクス教育向けキットメーカー)の3社です。

 

 DJIは2013年及び2015年に米国VCのセコイアキャピタルから投資を受けるとともに,2015年に麦星投資(2004年に深セン市で設立されたプライベート・エクイティ・ファンド),米国VCのアクセル・パートナーズから投資を受けています。

 

 柔宇科技は2012年に松禾資本(深圳市政府,北京大学,香港科学技術大学が共同で設立した深港産学研創業投資有限公司が2007年に民間資本を募ってつくったVC),深圳創新投(1999年に深圳市政府がつくったVC)から投資を受けるとともに,2013年には再度,松禾資本と深圳創新投とともに,米国VCのIDGからも投資を受けています

 

 Makeblockは2012年にHAX Accelerator(米国人のEbersweller氏が2011年に深セン市において設立したハードウェア・ベンチャー企業専門のVC),2014年に米国VCのセコイアキャピタルから投資を受けています。

 

 このようにこれらのベンチャー企業は中国系VCのみならず米国系VCからも積極的に投資を受けていることがわかります。なお,IDGは深セン市に本社を構えるIT企業のテンセントへも投資しており,米国VCが中国VCと並び,深セン市のベンチャー企業にとって重要な資金供給源になっていると推察されます。

 

 また,深セン市ではインターネット金融業の発展が目覚ましく,2015年6月時点で1200社を超えるインターネット金融会社が深セン市に存在し,ベンチャー企業の重要な資金調達先の一つとなっていると言われています

 

 更に,最近では深セン市の新興企業であるファーウェイ,テンセント,DJIなども新しい技術やビジネスの取込みを狙い,ベンチャー企業への投資を実施しており,近年,ベンチャー企業の資金調達先は多様化・充実化しています。

 

ベンチャー企業への人材供給の状況

 上記でも述べた通り,深セン市ではハイテク企業から電気・電子工学分野,情報通信分野,インターネットビジネス分野など幅広い分野の人材が輩出されており,ベンチャー企業は様々な分野の技術者を採用することが可能です(ただし近年では企業間での人材争奪戦が過熱し,人件費が高騰しています)。

 

 更に中国では外資企業での勤務経験や海外留学を通じて,語学が堪能で海外事情に精通している人材も数多く存在しており,これらの人材を活用することにより,創業間もないベンチャー企業でも,グローバルなビジネス展開が可能です。

 

ベンチャー企業向けビジネス支援システムの状況

 現在,深セン市ではベンチャー企業を支援する充実したエコシステムが形成されつつあります。

 

 1点目として,部品調達や商品販売のためのプラットフォームが挙げられます。主に中小企業の電子部品を取り扱うEコマース企業として2010年に深セン市で設立された科通芯城は,2016年6月に硬蛋と呼ばれるオンライン・オフラインのプラットフォームを立ち上げました。硬蛋では部品メーカーとベンチャー企業とのマッチングを図ることが目的とされており,ベンチャー企業は硬蛋のプラットフォームを通じて,様々な部品を迅速に入手することが可能となっています。

 

 現在,1万社を超える世界中のベンチャー企業が硬蛋に参加しており,ベンチャー企業向け部品調達に関する世界最大のプラットフォームになっています。更にベンチャー企業は硬蛋のプラットフォームを通じて,自社商品を世界中の小売業者などへ販売することも可能です(深セン市では科通芯城のみならず複数の企業が,ベンチャー企業向けの販売支援を行っています)。

 

 2点目として,生産・出荷工程の受託システムが挙げられます。Seeedは2008年に深セン市で設立された企業であり,ベンチャー企業向けに生産・出荷工程を受託しています(同社はベンチャー企業の商品のオンライン・マーケットも運営)。また,1996年にアイルランド人のLiam Casey氏が設立したPCH Internationalも運営拠点を深セン市に置き,Seeedと同様に生産・出荷工程の受託を積極的に行っています。ベンチャー企業はこれらの企業を利用することにより,多額の設備投資をせずに,生産規模を迅速且つ柔軟に拡大することが可能です。更に生産・出荷工程をアウトソーシングすることにより,競争力の源泉である商品開発に集中することができます。

 

 3点目として,ベンチャー企業に対する開発支援も深セン市では大変充実しています。前述のHAX Accelerator,硬蛋,Seeedなどはベンチャー企業の開発も支援しており,ベンチャー企業は商品開発の際に,技術的な支援や専門人材の紹介などを受けることができます。

 

 深セン市にはこのようなベンチャー支援を目的とした企業が2017年3月時点で80社以上あると言われおり,起業家は少ないリソースでも深圳市では比較的容易にビジネスを立ち上げることが可能です。

 

3.注目される複数の深圳ベンチャー企業に共通する特徴

 現在,深センベンチャー企業の中でも,特にドローンメーカーのDJI,フレキシブルディスプレー開発の柔宇科技,教育ロボットキットのMakeblockの3社が世界的にも注目されているが,これらの3社に共通する特徴として以下の点が挙げられます。

 

①創業者が理工学部の研究者出身

 DJIは香港科技大学で航空力学の研究をしていたFrank Wang氏,柔宇科技はスタンフォード大学で電子工学の博士号を取得したLiu ZiHong氏,Makeblockは大学で航空機設計の研究を行っていたJasen Wang氏がそれぞれ創業しており,3名とも理工学部の研究者出身です。特にFrank Wang氏とLiu ZiHong氏は在学中に研究していた分野を事業化しています。

 

②研究開発の重要視

 DJI,柔宇科技,Makeblockは3社とも資金・人材に関して多くのリソースを研究開発へ投入しています。DJIと柔宇科技では従業員の多くがエンジニアであると言われており,Makeblockも従業員の約半分がエンジニアで構成されています。これは創業者が研究者出身であるため企業としても研究開発を最重要視しているためだと思われます。また,生産・出荷などの工程をSeeedやPCH Internationalなどの企業へ簡単にアウトソーシングできる点も,研究開発へ集中している理由として挙げられます。

 

シリコンバレーにも開発拠点を設置

 DJIと柔宇科技は深セン市のみならずシリコンバレーにも拠点を置いています。DJIは自社商品のドローンのコアパーツであるフライトコントローラーユニットの開発,柔宇科技は最近リリースしたVRのOSの開発をそれぞれシリコンバレーの拠点で実施していると言われており,これらの企業はハードのみならず,ソフト開発にも非常に力を入れていることがわかります

 

 これはデジタル化の進展により競争力の源泉がハードからソフトへとシフトしているためであり,更には深セン市ではすぐにコピー商品が出回る状況にあり,ソフトを自社開発することで商品の完全なコピーを防ごうとしているためであると推察されます。

 

④グローバルでの販売展開

 DJIとMakeblockは最初に欧米市場で売上げを大きく伸ばし,その後,自国の中国などへ販売展開を図っています。この理由として,これらの企業は高い技術力や商品の革新性をアピールポイントとしており,欧米市場(特に米国)において最も早く受け入れやすいためだと思われます。

 

 また,深セン市のベンチャー企業は硬蛋やSeeedなどのプラットフォームを通じて世界中に商品を販売することが可能であり,更には人材面でも語学が堪能で海外事情に精通している中国人を採用することで世界中にセールスをかけることが比較的容易であるからだと推察されます。

 

4.今後の深圳市の展望

 現在,深セン市ではベンチャー企業が次々と誕生し,ベンチャー企業同士の連携のみならず,ファーウェイ,ZTE,テンセントなどの大企業とベンチャー企業との連携,更には近年,北京大学清華大学,香港中文大学,ハルピン工業大学など他地域の大学も深圳キャンパスを積極的に開設しており,大学機関とベンチャー企業との共同研究も盛んに行われるようになってきています。

 

 また,最近では深セン市とシリコンバレーとの連携もより一層深まってきています。マイクロソフトインテルクアルコムなどのシリコンバレーの企業は硬蛋などのプラットフォームを通じて,深セン市のベンチャー企業へ積極的に資金・技術提供を図るようになっており,更にクアルコムは2016年10月,ベンチャー企業と初期段階から,技術開発や商品設計を合同で進めることを目的として,深セン市にイノベーションセンターを設立することを決定しました。また、マイクロソフトインテル,オラクル,サムスン、アップル,HTCも深センに研究開発拠点を設置しています。

 

 また,大学機関においては2014年9月にUCLAバークレー清華大学と合同で深圳市に理工学部系のキャンパスを設立することを決定しています。まさに,あらゆる商品がインターネットにアクセスされるIoT時代の到来を見据え,多くのシリコンバレーのプレーヤーがハード開発で優位性を有する深圳市へ接近していると言えます。

 

 深セン市は言葉の壁,中国政府の検閲に伴うインターネットへの接続の悪さなどの要因のため,外国人がビジネスする上でのハードルが高く,そのため,現在,深セン市で起業や研究開発を実施する人間の大半が中国人だと言われています。この点は様々な国の人間が活躍するシリコンバレーから遅れている点だと言えます。

 

 ただし,近年では深セン市で開発を行う外国人も少しずつ増えており,例えば3DプリンターのパイオニアであるMakerBot創業者のZach Smith氏はニューヨークから深セン市へ移住しており,青色LED発明者でノーベル賞受賞者でもある中村修二・カリフォルニア大学サンタバーバラ校教授も2016年12月に次世代の照明技術として期待されるレーザー照明の実験室を深圳市で立ち上げています。

 

 実際,深セン市ではクロスボーダーEコマースなどにより様々な外国商品が入手できるようになっており,更には深セン市中西部の福田区や南山区などでは都市開発が進み,外国人にとっても住みやすい生活環境が整いつつあリマス(ただし,福田区,南山区はシリコンバレーと同様に不動産価格が高騰しています)。また,国際都市の香港に拠点を構えて,深セン市へアクセスを図る外国企業も現れており,今後,深セン市が外国人に対するビジネスコストの引下げや香港との融合を適切に進めることができれば,シリコンバレー同様に世界中から起業家が集まる場所へと進化する可能性もあると思われます。